「赤字ではないのに、月末の支払いのたびに通帳を見て、なぜか不安になる」
製造業を営む田中社長は、毎月そんな思いを抱えていました。試算表では利益が出ている。それなのに預金は増えず、銀行の返済日が近づくたびに胃が痛くなる——。
田中社長だけの話ではありません。多くの中小企業の社長が、同じ不安を抱えています。原因の多くは、試算表を「過去の成績表」としてしか見ていないことにあります。
井上会計事務所では、この数字を「明日、何をすればいいか」を教えてくれる道具として使っています。今日は田中社長と一緒に、その3ステップをたどってみましょう。
☆この記事で得られること
- 利益が出ているのにお金が残らない理由が、数字で説明できるようになる
- 「値上げ・コスト削減・販売増」のどれから手をつけるべきかが見えるようになる
- 自社の状態を業界と比べて、客観的に評価できるようになる
ステップ①
まず「もうけの構造」を1枚の図にする
田中社長の試算表を、以下の2つに分解しました。費用を2つに分けるだけです。
- 変動費:売上に比例して増える費用(仕入・材料費・外注費)
- 固定費:それ以外すべて(人件費・経費・金利・戦略費用)
「戦略費用」とは広告・教育・研究開発など、今は出費でも将来の売上を生む投資のことで、ここを残せる会社が伸びていきます。
田中社長の会社を図にすると、こうなりました。売上からまず変動費を引いた残りが「粗利」、その粗利からさらに固定費を引いた残りが「利益」です。

ここで田中社長が驚いたのが、「どこを動かせば一番もうかるか」の比べ方です。利益を増やす打ち手は「値上げ・変動費を下げる・販売数を増やす・固定費を下げる」の4つ。同じ「1%だけ動かす」でも、利益への効きめはまったく違います。

図の数字は、今の利益4,800千円を出発点に、4つの打ち手をそれぞれ1%だけ動かすと利益がいくら増えるかを、並べたものです。
- 値上げする:売上120,000千円の1%=1,200千円。値上げにより増えた売上が、まるごと利益に上乗せされます(利益は4,800→6,000千円で25%増)。実際は、値上げにより離れるお客様や新規お客様の存在を考慮します。
- 変動費を下げる:変動費72,000千円の1%=720千円。減らせた分がそのまま利益に残ります(利益15%増)。
- 販売数を増やす:数を多く売ると、売上も仕入れも一緒に増えます。手元に残るのは粗利48,000千円の1%=480千円です(利益10%増)。
- 固定費を下げる:固定費43,200千円の1%=432千円(利益9%増)。
同じ「1%」でも、値上げは売上まるごとに効き、販売数は粗利の分にしか効きません。そのため、値上げが一番効果大きくなります。
田中社長は「もっと売らなきゃ」と数量ばかり考えていました。けれど数字は、まず値上げを検討すべきだと教えてくれます。たった1%の値上げが、必死に数量を2.5%増やすのと同じ利益を生むのです。「これならできるかもしれない」。田中社長の表情が変わりました。
ステップ②
その打ち手で「お金が回るか」を確かめる
打ち手が決まったら、次は「実行してもお金が回るか」の確認です。ここで田中社長の最初の悩み——利益は出ているのにお金が残らない——の正体が見えてきます。利益とお金がズレる主な理由は、次の3つです。
- 売掛金:売上は立っても、入金は先。お金はまだ手元にない
- 在庫:仕入れた分はお金が“モノ”に姿を変えて眠っている
- 借入返済・設備投資:利益とは関係なく出ていくお金
田中社長の場合、売上の伸びに合わせて売掛金と在庫が膨らみ、利益の大半がそこに化けていました。「利益=お金」ではないのです。これがわかると、「次の設備投資はいつ・いくらまでなら踏み込めるか」を、不安ではなく数字で判断できるようになります。
ステップ③
業界の“ものさし”で答え合わせをする
最後に、自社の数字を業界平均と比べます。ここで役立つのが、経済産業省が無料で提供する「ローカルベンチマーク(ロカベン)」です。代表的な指標を業種ごとの基準値と比べ、自社の立ち位置を教えてくれます。
| 指標 | ひとことで言うと |
| 売上増加率 | 会社が成長しているか |
| 営業利益率 | 本業できちんと稼げているか |
| 資金繰りの効率 | 売掛金や在庫でお金が滞っていないか |
| 自己資本比率 | 借入に頼りすぎず、財務が安全か |
田中社長は、利益率こそ業界平均並みでしたが、資金繰りの効率が平均より見劣りしていました。ステップ②で見えた「売掛金と在庫の膨らみ」が、業界と比べても確かに弱点だと裏付けられたのです。自社だけを見ていては気づけない、貴重な気づきでした。
3つは「一本道」でつながっている
田中社長がたどった道は、こう整理できます。
| ステップ | やること | 田中社長の場合 |
| ① もうけの構造図 | どこに手を打つか決める | → 値上げ |
| ② お金の流れ | 実行できるか確かめる | → 売掛金・在庫に注意 |
| ③ ロカベン | 業界と答え合わせ | → 弱点を裏付け |
試算表は過去の記録ですが、この3ステップを重ねれば、明日の経営の設計図に変わります。
まずは、今日できる一歩から
試算表を見返しましょう。直近の試算表を、「売上・変動費・固定費」の3つに分けてみる。それだけで、自社のもうけの構造がぼんやり見えてきます。
そこから先、「うちの数字だと打ち手はどこか」「お金は本当に回るのか」を一緒に考えるのが、私たちの仕事です。通帳を見るのが怖い夜を、減らしていきましょう。ぜひ一度ご相談ください。
井上会計事務所
